◆ 皆でピクニック ◆
作:メイリン
さらりと流した黒髪を高い位置でまとめて、乙女は小さく微笑む。
足元まで隠す長いドレス。ふわりとした上着。白い服の中、ただその黒髪だけが豊かに背を覆い、流れを作る。
「さて、おやつを持って出発しましょうか」
待ち合わせの場所は寮のロビー。
さぁ、今日はどんな一日になるだろう。
「おそーい!」
「ごめん、待たせた?」
「ん、ぎりぎりアウト?」
「ちょっと、間に合ってるわよっ!」
聖乙女寮、ロビー。片隅に置かれたテーブルといくつかの椅子には、先客が数名。
紫の髪を、横で軽く結っただけの乙女。青い髪を肩の上で切った乙女と、柔らかな茶の髪を結って頭に巻きつけた乙女。頭の両側でお団子に結った乙女に、ピンクの髪を頭の形に添って短くカットした乙女。
さまざまな髪の色、髪型、更にそれを上回るにぎやかな色を誇る服。黒髪の乙女の姿が地味に見えるほどだ。
ころころと笑い転げながら軽い言い合い。それぞれの手には、小さなかばん、バスケット、かご。持っているものは違えど、ちらほら見えるものは似たようなものだ。
軽い飲み物と、ちょっとしたお菓子。それに、少しばかりの花。
「ほら、そろそろ時間じゃなぁい?」
「あ、そうね。行きましょう」
「お姉様、何を作ってきましたの?」
「おいしそうなにおいがするわー」
三々五々言い合いながら、そぞろ歩く後に残るのは甘い香り。
寮から出てすぐ西側には、聖アズール科学研究院がある。
セイント・ジェムスにおいては、乙女はこの研究員で勉学に励む。もちろん、乙女としても、住民としても、交流したい気持ちは同じ。勉強漬けになるのは誰も好むことではなし、自然皆がそろっての休日もあるというもの。
本日は双子のように仲がよいとある乙女たちが主催して、寮の裏側の野原でのんびりとしたピクニックでもしようかという話になった。普段自分たちが住まう場所に程近いが、それだけにあまり足を運ばない場所。仲のよい友人と、学院の学生数名を招いてのお茶会だ。全員が顔見知りであれば、そこには程よく心地いい緊張感があるだけだ。
「あ、きたきた」
「お招きありがとうございます」
「やぁ、かわいこちゃんたち。今日もキュートだね」
「こちらへどうぞ、お姫様方」
学生の手で野原に広げられた大きなシーツに、乙女たちが色とりどりのスカートをふわりと広げながら腰掛ける。
ころころと笑う声が、よく晴れた空に高く響いた。
「今日はスコーンを作ってみたの」
「私はクッキーを」
「サンドイッチはいかが?」
「お茶をどうぞ」
持ち寄った食べ物と飲み物を広げて、それぞれの手元に何かしらのものが広げられ。
立ち上がったのは二人の乙女。寄り添って、くすくす笑いあい。
「堅苦しい挨拶なんて嫌ですね」
「ええ、こんなときは一言でいいんですよね」
「リデル様に感謝をささげながら」
「おいしくいただきましょう」
「「いただきます」」
いたずらっぽく告げられた言葉。復唱されて、また柔らかな笑い声が響く。
セイント・ジェムスの乙女寮は、王都エレスチアルの中央からは少し外れている。外れているはず、なのだが。
「おや、楽しそうですね」
「配達のついでにのぞいてみれば」
「何の騒ぎですか?」
続々と現れる住民に、はじめはきょとんとしていた乙女たちもやがて笑いながら座るようにと勧め始める。
多めに作ってきてよかったわ、と笑う乙女に、はじめの人数だけじゃ食べきれないじゃないとからかう乙女。そんなあなただって、そんなにたくさんお茶を持ってきて。あらあら、いいじゃないの皆で食べれば。
柔らかな笑い声は広がって、やがて乙女寮からも人が現れる。あら丁度いい、と出来上がったばかりのパンを持ってくる乙女に、ちょっと作ってくるわと部屋へ帰る乙女。好物に釣られたか、笑い声につられたか、学院からも他の教授や学生が出てくる。
やがて人は増え、気付けば新たなシーツが野を覆い、直接草の上に座り込み、たくさんの会話の輪ができている。
天高くに昇っていた太陽も、やがては静かにその身を隠し始める。
「肌寒くなってきたわね」
「そろそろ暗くなるし、お開きかしら」
「楽しかったわ。またやっていただけません?」
「料理、とてもおいしかったです。ありがとうございます」
「今度それの作り方教えてくれる?」
「次ははじめから教えてくださいね、乙女様」
口々に言いながら、徐々に人が減る。
はじめに企画した二人の乙女は、ちょっと顔を見合わせて。
「「またやろうね」」
仲良く声をそろえて笑った。