◆ 兄と妹と弟と ◆
作:緋凪鳩羽

 セーピアは自慢の妹だった。
 銀灰色の髪はさらりと癖がなく、氷青の目もぱっちりと大きい。
 鼻や口も品よく小さな顔の中にちょこんとおさまり、呼ぶ声は少し舌足らずでそれがまた可愛い。
 歳が12も離れた妹を、ロトは溺愛していた。

 それは、ロトが16歳、セーピアが4歳のときのこと。
 その日も二人は仲良く遊んでいた。遊ぶと言っても、12も違えば一緒に出来ることも変わる。
 ロトは幼いセーピアに文字を教えていた。少しずつ文字を覚え、紙に書いた名前を指差して「ははうえ、ちちうえ、あにうえ!」とはしゃぐセーピアがとても可愛かった。
「セーピアの名前は、こう書くんだよ」
 教えているところで、二人のいる子供部屋を父がひょいと覗き込んだ。
 セーピアに夢中のロトを見てしばらく何かを考え込んでいたと思ったら、何かを決心したかのように頷くと、「ロト」と手招きをする
「父上?」
「ちちうえー」
 セーピアが、羽ペンをぶんぶんと振り回して喜ぶ。その手をそっと押さえて、ロトは「振り回しちゃ駄目だよ」と教え、羽ペンを取り上げる。
「ちちうえー」
「セーピア、私はロトに少し用事があるんだ。大人しく待っていられるね?」
「あにうえ?」
「そう。待っていてくれるね?」
「はぁい」
 くまの人形を抱えたセーピアは、大人しく「いってらっしゃいー」と手を振る。
「帰ってきたらまた遊ぼうね、セーピア」
「うんっ」
 満面の笑みの妹を残したまま部屋を出て、ロトは父親に向き直る。
「それで、用事とは何でしょう、父上」
「うむ……ちょっと、こっちの部屋で話すとしよう」
 重苦しい表情をした父に、何か重大な事件でも起こったのかと、真剣な表情で着いていくロト。
 セーピアが遊んでいる部屋から少し離れた部屋へ行き、扉を閉めても、まだ父は考え込んでいた。
「父上………?」
「うむ」
 ひとつ頷いて、彼はようやく重い口を開いた。
「実はな。セーピアは、お前の妹ではなく、弟だ」
「………………………は?」
「だから、セーピアは男なんだ」
「セーピアが? 男?」
 ロトは信じられない、と言うしかない。
 だって、だって。
「だって、あんなに可愛いのに……!?」
「いや、可愛いのは可愛いんだが……そうだ、今度一緒にお風呂に入ってみればいい」

―――後日。
「嘘だ………嘘だ」
 そう呟きながらこっそり涙するロトの姿があったとかなかったとか。